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| 東北大会へ駒を進めたものの、同大会から全国大会へ出場出来るのはたったの4校。青森山田を除く(2005年度は秀光中等が個人戦には参加するも団体戦には出場しないことを表明)とすれば実質3校。下馬評では、五所川原一(青森)、長井南(山形)、酒田二(山形)、城南(秋田)、郡山二(福島)がこの座に近いと目されていた。 予選4ブロック(各5チーム)から2チームずつが決勝トーナメントへ進むことが出来る。しかし前評判の高い五所川原一、酒田二、郡山二が同じリーグ内(ここで1校は予選で消える!)という混戦必至の組み合わせとなった。 酒田二の予選リーグ初戦、対五所川原一。山木、黒羽と敗退し、いきなり酒田二2−3五所川原一の暗雲立ちこめるスタートとなった。 腹を括った酒田二、次の対郡山二からは林(当時2年)と黒羽(同1年)の元気の良い1・2番+4番山木で締める本来の強気の常勝オーダーに戻した。2台同時進行故、隣コートで闘う2番林の勢いに乗って1番黒羽が福島県チャンピオンの関本(同2年)を3−0のストレートで下して酒田二が息を吹き返した。 この酒田二3−0郡山二の結果が、リーグ内で三チーム三つ巴の混戦を想定した場合、セット率や得失点差などを予め計算すれば、他チームに大きなプレッシャーを与えることとなる。首の皮2枚程度つながって酒田二は初日を終えた。 この息を吹き返した予選2試合目からは山木(当時3年)、林(同2年)、黒羽(同1年)が決勝まで全勝街道まっしぐら。さらに特筆すべきは、薄木兄(同3年)・白田兄(同2年)のダブルスが予選1試合目から準決勝まで勝ちっぱなしでチームを支えた。 2日目、3−0で五所川原一を下さなければ三つ巴でもリーグを抜けられなくなった郡山二がリーグ内3位にて脱落。他のブロックにいたら確実に決勝トーナメントを勝ち進んであろう強豪だった。 酒田二は辛うじて予選リーグ2位で通過したものの、予選リーグ全体の結果が判明すると、決勝トーナメント1回戦で1/2の確率(クジ引き)で青森山田と当たることになった。予選2日目13時のクジ引きが(その時点では試合そのものよりも)正念場である。 クジ引きを終え、通路向こうから歩いて来る顧問の阿部(現松山中)を保護者一同が凝視する中、しばし間をおいて阿部のガッツポーズ。周囲には失礼ながらも試合のない観客席で関係者同士の歓声と握手。ツキも味方に付けて翌日最終日の決勝トーナメント進出となった。 決勝トーナメント1回戦は大曲(秋田)。秋田県大会決勝で大本命城南を番狂わせで下し秋田県優勝のチームながら、勢いに乗る酒田二は、常勝オーダーで苦もなく3−0でベスト4進出。ここで全国大会への切符を手中に収めた。 準決勝は山形県大会決勝で辛酸を舐めさせられた長井南との再戦。県大会とはお互いにオーダーを組みかえても、2番黒羽の相手は県大会5番と同じ渋谷が相手。1番エース対決は林3−1鈴木で制し、2番黒羽3−1渋谷でリベンジして安堵でコートにガッツポーズのまま座り込んだ。勝負に出た酒田二は山木を5番に下げ万難を排して待ちかまえているから、この1・2が勝った時点で如何に勝負は水物と言っても勝利はほぼ決定的。残念ながら薄木兄・白田兄のダブルスの連勝が途切れるところを横目に、満を持していた佐藤(当時3年)が大接戦を3−2で勝利して、主将山木を温存したままの快勝。酒田二、東北大会初の決勝へと歩み出た瞬間である。 →次へ |





