校名の由来




たまみがかざれば     うつわをなさず 
玉 不 琢  不 成 器
ひとまなばざれば     み ち を し ら ず
人 不 学   不 知 道



琢成学校



 明治12年(1879年)当時の太政大臣 三條実美公が、地方視察として酒田の町にお立ち寄りになられた際、町内8校の統合による新学校の校名の命名を、町びとに懇願された。

 公は、中国の古書「礼記」の一節より、「琢」と「成」の二文字をとられ、『 琢 成 学 校 』とご命名下されたものである。

 公は、その校名により、親の掌にて珠玉のように愛しまれ育てられている子弟が、「人としての歩むべき道」を体得しうるは、学問によるものである事と、教え下されたものである。


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